エトワールの四柱推命ブログ

四柱推命の研究成果を記載しています。

バレリーナとして著名なシルヴィ・ギエムとマイヤ・ミハイロヴナ・プリセツカヤの命式です。

二人とも、晩年はボレロを得意にしていました。

シルヴィ・ギエムの命式

女性1965年2月25日 木曜日 
 

年 乙巳丙  正財 偏官 長生 

月 戊寅甲  偏印 偏財 絶  

日 庚戌戊     偏印 衰 


日柱の空亡:寅卯


マイヤ・ミハイロヴナ・プリセツカヤの命式
 

女性1925年11月20日 金曜日


年 乙丑己  正官 劫財 養 

月 丁亥壬  印綬 偏財 絶  

日 戊申庚     食神 病  


日柱の空亡:寅卯


 
空亡も同じ寅卯です。

こうした相似は、興味深いものです。


 

 

 

グレゴリオ暦は、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦を改良して制定した暦法です。

 

トリエント公会議(1545 - 1563年)において時の教皇グレゴリウス13世は、これを受けて1579年にシルレト枢機卿を中心とする委員会を発足させ、暦法の研究を始めさせました。

 

平年は1年を365日とします。400年間に97回の閏年を置いてその年を366日とすることにより、400年間における1年の平均日数を、365 + 97/400 = 365.2425日としています。

 

日本では明治5年(1872年)に採用され、明治5122日の翌日を明治611日(グレゴリオ暦の187311日)としています。

 

キリスト教においては、重要な祭日である復活祭は毎年の春分日を起点として定義されます。1ニカイア公会議(325年)で春分日はユリウス暦上で毎年321日とすることが決められていました。

 

ユリウス・カエサルによって紀元前45年に制定されて以降、キリスト教文化圏を中心に使用されてきたユリウス暦は、暦年の平均日数を365.25日としていました。実際の太陽年は、約365.2422日ですので、毎年少しずつ春分日がずれていくことになります。16世紀後半には、ユリウス暦上の春分日と実際の春分日は10日ものずれが生じていました。このため、ローマ・カトリック教会は、改暦委員会に暦法改正を委託しました。

 

委員会の作業の末に完成した新しい暦は1582224日に発布され、1582104日(木曜日)の翌日を、曜日を連続させながら、10日間を省いて、15821015日(金曜日)とすることを定め、その通りに実施されました。

 

1582103

水曜日 ユリウス暦

 

1582104

木曜日 ユリウス暦

 

15821015

金曜日 グレゴリオ暦

 

15821016

土曜日 グレゴリオ暦

 

グレゴリオ暦では、400年間に、97 (= 100 − 3) の閏年を設けることにより、1年の平均日数を365.2425 = 3655時間4912 = 正確に31 556 952 としました。

 

365 + 97/400 = 365.2425(日/年)…… グレゴリオ暦による1年の平均日数

 

400年間の日数は、365.2425 × 400 = 146 097日であり、これは7で割り切れる(146 097 ÷ 7 = 20 871週)ので、グレゴリオ暦は、曜日も含めて400年周期の暦です。

 

「西暦紀元(西暦)の年数が100で割り切れ、かつ400では割り切れない年は平年とする。これ以外の年では西暦年数が4で割り切れる年は閏年とする。」というルールが採用されています。

 

平年および閏年のそれぞれにおける各月の日数は、グレゴリオ暦においてもユリウス暦と同じです。

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月、3月、5月、7月、8月、10月、12月は31日、4月、6月、9月、11月は30日、2月は平年が28日、閏年は29日です。

 

起源前4197年1月29日の日曜日から

1260年周期で

年柱 甲子
月柱 甲子
日柱 甲子
時柱 甲子

となる日を調べていますが、この日の年の九星は、四緑木星です。

180年周期で、六十干支暦と九星は組み合わせが可能です。


一例ですが、


西暦の数字をすべて足して11から引いて4になる年が四緑木星の年です。
(ただし紀元後)


という数秘的計算が成り立ちます。


他にも、マヤ暦のツォルキンや曜日と六十干支暦との関連など、あまり今まで着目されていなかった組み合わせでの周期はあり、新しい占術の基礎になる可能性はいろいろあります。


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